データベース ながれやま玉手箱  まちと歴史-新選組と流山 -新選組豆知識

江戸末期に活躍した新選組の局長・近藤勇は、流山において官軍に 投降しその後、斬首となりました。
「ながれやま玉手箱」 では、流山ゆかりの新選組の特集を掲載しています。


    
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新選組豆知識
名称は「新選組」か「新撰組」か? - 隊名論

新選組の名称については、「新選組」と「新撰組」の2通りが使われている。

多くの方から、どちらが正しいのかという疑問があり、掲載していたが、

更に多くのご意見もあり、再度、検証作業をした上で、一部修正と補足をして記載した。

流山においては、今後は「新選組」の名称を推奨していくが、その理由は何か。

2つの名称 をめぐる最新情報やその経緯を検証し、今後の名称推奨への過程を記載した。


5302 名称は「新選組」か「新撰組」か? - 隊名論
考察 松下英治 掲載日 2003年6月29日 更新日 2003年10月14日
 

新選組の名称については、「新選組」と「新撰組」の2通りが使われている。

 最近の映画や資料館では「新選組」となっているが、小説や商品では「新撰組」も見られる。

 数ある解説書や趣味の本などでは、文中に両方が混在するものまである。

では、本来「新選組」と「新撰組」のどちらが正しいのだろうか。

結論から言えば、制作者の意図等で両方が使用、認知されている現状では、どちらも間違いでない。

よって、どちらが正しいと強制されることもない。
 

どちらも間違いでないが、今後は「新選組」で統一していきたい。

その理由は、以下の通りである。

 (1)NHKの番組や各地の資料館、日野市等の関連地のほとんどが「新選組」を採用

 (2)最近の研究者の多くが「新選組」を支持

 (3)新選組関連書籍発行で知られる「新人物往来社」の1977年以降60冊のタイトルは「新選組」
  (流山在住の伊藤晃氏が1978年に発行した著書1冊を除く)

 (4)昭和27年以降の映画・テレビドラマは総て「新選組」

 (5)印鑑や表札など、組織本来の名称を示すものが「新選組」

 (6)近藤や土方は「新選組」を「新しく選ばれた組織」と意識していたという説を採用

 

「公用文書は新撰組」も事実とは違っていた。

「新撰組」が正しいと主張する方もいるが、その多くは、

過去の研究家の文面により『公式文書には「新撰組」を使用』という説にもとづいている。

 『近藤勇が公式に会津候へ差し出した書面は「撰」を用いてあるのが多い』(子母沢寛氏)

 『「会津藩庁記録」の公用文書は総て「」となっている』(平尾道雄氏)

また、このためか昭和初期の映画や演劇等での「新撰組」と「隊服(だんだら)」のイメージもあり、

年輩の方には「新撰組」や「だんだら隊服」支持が多いのかもしれない。

 (メディアの影響は大きい。「隊服論=近藤や土方はだんだらを着なかった ?」も別の機会にする)

最新の研究で資料原本を検証した結果、先述のいずれも事実と異なっていることが証明されている。

近藤自身が会津藩へ出した公式文書や会津藩からの公式文書にも「新選組」が存在する。

 『近藤勇の会津公用方宛の書面に「新選組近藤勇」と署名』(「会津藩庁記録」収録)など 。

 

流山での史実も変わりつつある。

 流山では、『新撰組は流山に約2ヶ月滞留した』という説も、市の発行文書に「史実」として、

 掲載されてきたが、最近の資料発見等で、実際は2日間のみというのがほぼ真実とされている。

 歴史は最新の資料発見で変化するものである。

 「新撰組」が正しいとする研究者の根拠も事実と異なり、多くの場面で「新選組」が使用される今日、

 より良い方向へ変えていくことも大切ではないだろうか。

 

流山においても、今後は「新選組」の名称を推奨していきたい。

 「新選組流山隊」は、組織名とブランド名として「選」の字に統一している。

 流山市観光協会でも、以前は「新撰組」だったが、今後は「新選組」とすることに決定した。

 各論もあるだろうが、理由は以上に述べた通りで、特にNHK等にも歩調を合わせるためである。

ただし誤解の無いように付け加えれば、冒頭に述べた通り「新撰組」も間違いではない。

 陣屋跡の碑文をはじめ、既に「新撰組」としている商品等も存在する。

 これらを否定し、強制するものではない。

 両方が存在する中で、企業商品や個人的表現の自由は保障されるものである。

 

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 △△△ 以下は、専門的になるので、興味のある方はどうぞ。 △△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 

5302 名称は「新選組」か「新撰組」か? - 隊名論 補足
考察 松下英治 掲載日 2003年6月29日 更新日 2003年10月14日
 

 

当時は、音(おん)さえ合っていれば、漢字は当て字でも十分通用した。

 文書よりも「音」の方が主であったので、漢字は重要視されていなかったらしい。

 例えば、沖田総司は自分の名前を「総二」などと書いている。

 「新選組」という字を、土方歳三らも「新撰組」と書いていることがある。

 

当時の文書でも公式・非公式を問わず混在している。

 最新の検証調査によると、先述の子母沢氏と平尾氏の2名の他、

 漢一光氏(平尾氏への反論)、前田俊彦氏(公式・非公式での使い分け)の説も含め、

 文書からは、どちらが正しいとは判断できない。

 新選組から会津藩に出されたものは「新撰組」と「新選組」が混在、

 逆に会津藩から新選組に出された文書は「新選組」となっているものが多い。

 「会津藩庁記録」収録のものでは「新撰組」が多いが「新選組」も存在している。

もっともこれは、文書を書いた人間の癖なのかもしれない。

 ある講演で『永倉は「撰」と書いていた。だから、「撰」が正しい!』と言われていたそうだ。

 新選組研究家でない場合、一部の古文書だけを見たりして、他の事情を知らないのだろう。

 近藤勇自身は、「新選組」を拝命した際に、京都で門扉に「新選組 隊長 近藤勇」と書いている。

 後に京都守護職に宛てた文書では「新選組 惣代局長 近藤勇」と記している。

 組織についても、近藤の役職が「局長」、「隊長」、「総長」、「組長」などと幾通りもある。

 

印鑑や表札など、本来の名称を示すものは「新選組」になっている。

 当時の資料でも、癖や好みではなく本来の名前を示さなくてはいけないもの、

 当て字では済まないもので検証する、つまり、印鑑や表札。

 印鑑は印影がそのまま残っているので、見れば「新選組」と判る。

 表札については、大正時代まで現存しており、檜の表札で、間違いなく「新選組」だったと 記録されている。

 

それぞれの漢字による名称の由来、意味はどちらも通じる。

 「新選組」とは「新しく選ばれた者たちによる組織」を意味する。
「選」は当然、選ぶという意味である。

 旧字で書くと「新撰組」だと思っている方も多いようだが、
「撰」は、詩文や書物を、「定めて造る」という意味に使われる漢字で、
「てへん」とはそもそも「才」の字で、才能を意味する。
「撰」は、「セン」とは読むが「エラぶ」とは読まず、「選」とは別の漢字である。
ちなみに「選」の「己」が「巳」になっているのが「選」の旧字である。

 「新撰組」は、「新しく造った組織」あるいは「新しく定めた組織」ということで通じる。

 近藤や土方は、新しく定めた(造った)「新撰組」という言葉を嫌い、

 新しく選ばれた「新選組」を名乗ったという説もある。

 

別の「新撰組」が存在していた。

 実は、京都での「新選組」結成よりも以前に、会津藩では全く別の「新撰組」が存在していた。

 そのため、京都で誕生した組織でも、会津藩では「新撰組」だと思うのが当然だろう。

 また、上記にあるように近藤や土方は「新選組」を名乗りたかったため、

 会津藩から賜った「新撰組」を使用しながらも、その意味などから「新選組」を併用したとする説もある。

 

ホームページやアニメ、また同人誌などでも、両方が存在するが、「新選組」の使用が多い。

 真実に基づく情報を主に提供している「新選組百科事典」では隊名論を取り上げ、「新選組」を採用している。

 

以上から判断し、現状では、どちらも間違いでないが、今後は「新選組」を推奨していきたい。

 実際、我々としては「撰」でも「選」でもいいが、『どちらかが正しい』ということでなく、

 どちらかに統一できればということで、調査を始めた。

 この件に関しては、以前より実に多くの方からご意見をいただいている。

 個人的な好みでなく、多くの意見を検証した結果、どちらも間違いではないが、

 最近はNHKをはじめ多くの関係機関が「新選組」を表記する以上、我々も歩調を合わせていきたい。

 

なお、新選組に関する表記には諸説あるが、代表的なものを掲載する。

 「新選組」と「新撰組」 / 「局長」と「隊長」、「総長」、「組長」、「惣代局長」

 「清河八郎」と「清川八郎」 /「山崎蒸」と「山崎烝」


 

文 : 松下英治 (あっとタウン情報局長・流山市観光協会常任理事)

参考・引用 「新選組百科事典」 「NHKその時歴史は動いた」 「新選組原論」 他

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今後、徐々に 資料を増やしますのでご期待下さい。 ▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

あっと流山では、 新選組について情報収集、調査中。お問い合わせは→ あっとタウン情報局 info@atn.co.jp 


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